研究概要

有機化合物は、炭素を中心とする様々な元素が結びつけられて形成されています。特に強固な共有結合によって原子どうしが結びつけられてできるのが分子であり、我々が構造を設計し、コントロールできる最小の機能単位と言えます。最近、これら分子が、弱い結合・相互作用を介して自ら整然と集合し、さらに大きな機能単位を形作るという現象が注目されています。この様にして形成される分子集合体を「超分子」と呼び、その大きさがナノメートルサイズであることと、その弱い結合に由来する興味深い挙動を示すことから、近年様々な角度から研究が行われています。また小さな分子が熱力学的に安定な「超分子」などの高次構造体を自発的に構築する現象を「(分子)自己組織化」と言います。もともと「超分子」は珍しいものではなく、人間など全ての生き物の体の中で当たり前のように形成され、生命活動の維持に重要な役割を果たしてきました。例えばDNAやタンパク質、脂質は弱い結合・相互作用を利用してより高次な構造を採り、それぞれ独特の機能を身につけます。これらの現象は非常に巧緻で、我々化学者が見倣うべき点が多くあります。生命現象を手本として新たな物質や現象を生み出す学問領域を「バイオミメティックケミストリー(生体模倣化学)」と呼びますが、「超分子化学」はこの様な流れの中で発展した研究分野と言えます。我々のグループではこの「超分子」形成の現象を利用し、特殊な構造と機能を新しく創り出すことを目的に、研究を行っています。

弱い結合や相互作用には様々な種類がありますが、中でも我々のグループで積極的に活用しているのが「スピロボラート結合」です。この結合は、その形成と解離が可逆的な「動的共有結合」の一種で、構造が剛直であり、またアニオン性を有するという特徴があります。この特徴を活かすことで、多様な構造のアニオン性ナノ分子を自己組織化的に構築することができます。

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●スピロボラート型分子接合素子による超分子ポリマー作製:
2,2',3,3'-テトラヒドロキシ-1,1'-ビナフチル(THB)を等量のホウ酸と共にN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)中で加熱撹拌することで、スピロボラート環状三量体が自己組織化的に得られます。この分子は表裏二面にお椀型の空孔をもつことから、我々は「ツインボウル」と呼んでいます。この分子は三価のアニオン性であり、カチオン性の分子をゲストとして包接することで、それらを連続的につなぎ合わせた一次元連鎖構造、すなわち「超分子ポリマー」を形成します。超分子ポリマーの形成は自発過程ですので、例えば溶液中でツインボウルとゲストを混合するだけで、簡単に超分子ポリマーを得ることができます。

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これらの超分子ポリマーでは、カチオン性ゲストとして金属錯体をはじめとする種々の機能性分子を、無修飾のままポリマー化することができるため、機能性ポリマー材料を簡便に作製することが可能となります。また超分子ポリマーは重合が非共有結合に基づく平衡過程であるため、自己修復能や刺激応答能など、従来の共有結合によって形成されたポリマーにはない能力を潜在的に有し、優れた機能材料になる可能性を秘めています。

関連文献
Back to Back Twin Bowls of D3-Symmetric Tris(spiroborate)s for Supramolecular Chain Structures
H. Danjo,* K. Hirata, S. Yoshigai, I. Azumaya, K. Yamaguchi*
J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 1638-1639
DOI: 10.1021/ja8071435

Assembly Modulation by Adjusting Counter Charges of Heterobimetallic Supramolecular Polymers Composed of Tris(spiroborate) Twin Bowls
H. Danjo,* K. Hirata, M. Noda, S. Uchiyama, K. Fukui, M. Kawahata, I. Azumaya, K. Yamaguchi, T. Miyazawa
J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 15556-15558
DOI: 10.1021/ja1084964

Tris(spiroborate)-type Anionic Nanocycles
H. Danjo,* N. Mitani, Y. Muraki, M. Kawahata, I. Azumaya, K. Yamaguchi, T. Miyazawa
Chem. Asian J. 2012, 7, 1529-1532
DOI: 10.1002/asia.201200162

Preparation of Tris(spiroorthocarbonate) Cyclophanes as Back to Back Ditopic Hosts
H. Danjo,* K. Iwaso, M. Kawahata, K. Ohara, T. Miyazawa, K. Yamaguchi
Org. Lett. 2013, 15, 2164-2167
DOI: 10.1021/ol4006882

Formation of Lanthanide(III)-containing Metallosupramolecular Arrays Induced by Tris(spiroborate) Twin Bowl
H. Danjo,* T. Nakagawa, K. Katagiri, M. Kawahata, S. Yoshigai, T. Miyazawa, K. Yamaguchi
Cryst. Growth Des. 2015, 15, 384-389
DOI: 10.1021/cg5014686

Proton-Induced Assembly−Disassembly Modulation of Spiroborate Twin-Bowl Polymers Bearing Pyridyl Groups
H. Danjo,* M. Hamaguchi, K. Asai, M. Nakatani, H. Kawanishi, M. Kawahata, K. Yamaguchi
Macromolecules 2017, 50, 8028-8032
DOI: 10.1021/acs.macromol.7b01924

●ピーポッドポリマーの作製:
上記の様にして得られた超分子ポリマーの、隣り合うツインボウルどうしを共有結合で結びつけることにより、内部に連続的にゲスト分子を包接したチューブ状の高分子化合物が得られます。まるでさやえんどうの様な形状をしていることから、「ピーポッドポリマー」と呼んでいますが、どちらかと言えばむかし田んぼでよく見かけたカエルの卵に似ていますね。

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このポリマーの特徴として、内部のゲスト分子を「空間的に閉じ込めている」ことが挙げられます。ゲスト分子は、ツインボウルで形成されたポリマー鎖部分とは共有結合をしていないのですが、空間的に閉じ込められているので逃げ出すことができません。いわゆる「トポロジカル高分子」の一種で、一般的な高分子と比べて特異な力学的性質を示すことが期待されています。またこのピーポッドポリマーの調製では、重合の際にゲストは化学反応をする必要がありませんので、これまで用いることができなかった不安定なゲストも高分子鎖に導入できるといった利点があります。

関連文献
Preparation of Peapod Polymer via the Supramolecular Chain Formation by Tris(spiroborate) Twin Bowl
H. Danjo,* T. Nakagawa, A. Morii, Y. Muraki, K. Sudoh
ACS Macro Lett. 2017, 6, 62-65
DOI: 10.1021/acsmacrolett.6b00972

Preparation of spiroborate supramolecular and peapod polymers containing photoluminescent ruthenium(II) complex
W. Matsumoto, M. Naito, H. Danjo*
RSC Adv. 2023, 13, 25002-25006
DOI: 10.1039/D3RA03940D

●スピロボラート型中空分子の開発と機能開拓:
スピロボラート結合を用いることで、ツインボウル以外にも多様な構造のナノ分子を作製することができます。例えばビス(ジヒドロキシナフタレン)とテトラヒドロキシアントラキノンをホウ酸と共にDMF中で加熱撹拌することで、四角形の「スピロボラートナノサイクル」が自己組織化的に形成されます。この過程は汎用性が高く、縦の辺にあたる分子と横の辺にあたる分子を取り替えることで、様々な形やサイズのナノサイクルを得ることができます。

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この手法により、サイクル構造以外にも様々な形のナノ中空分子を構築することが可能です。内部にナノサイズの空孔をもつ分子は、その内部に丁度よい大きさと性質をもった分子をゲストとして選択的に包接します。我々のグループではナノ中空分子のこの様な振る舞いを利用することで、特殊な機能や働きを備えた分子システムを構築することを目指しています。

関連文献
Nestable Tetrakis(spiroborate) Nanocycles
H. Danjo,* Y. Hashimoto, Y. Kidena, A. Nogamine, K. Katagiri, M. Kawahata, T. Miyazawa, K. Yamaguchi
Org. Lett. 2015, 17, 2154-2157
DOI: 10.1055/s-0034-1380955

Multilayered Inclusion Nanocycles of Anionic Spiroborates
H. Danjo,* Y. Kidena, M. Kawahata, H. Sato, K. Katagiri, T. Miyazawa, K. Yamaguchi
Org. Lett. 2015, 17, 2466-2469
DOI: 10.1021/acs.orglett.5b00974

Preparation of cage-shaped hexakis(spiroborate)s
H. Danjo,* Y. Masuda, Y. Kidena, M. Kawahata, K. Ohara, K. Yamaguchi
Org. Biomol. Chem. 2020, 18, 3717-3723
DOI: 10.1039/d0ob00518e

●ピリジルパラジウム環状三核錯体の調製と機能開拓:
ホウ素以外にも、様々な元素を利用して機能性化合物の創製を試みています。以下はパラジウムを用いた研究で、3-ブロモピリジン誘導体とパラジウム(0)錯体を反応させ、続いてジホスフィン(DPPE)および銀塩で順番に処理するだけで、「ピリジルパラジウム(II)環状三核錯体」が簡便に高収率で形成されます。

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この錯体はスルホン酸イオンやテトラフルオロホウ酸イオンなど、特定の大きさと形状の陰イオンを強く包接し、安定な会合体を形成します。この性質を利用することで、例えばスルホニル基をもつ水溶性機能分子の存在を検出したり、それらを水中から有機溶媒中に抽出したりすることができます。右上の写真はピリジルパラジウム環状三核錯体によって水中からクロロホルム中に抽出されたメチルオレンジの様子を示しています。

関連文献
Preparation of tricationic tris(pyridylpalladium(II)) metallacyclophane as an anion receptor
H. Danjo,* K. Asai, T. Tanaka, D. Ono, M. Kawahata, S. Iwatsuki
Chem. Commun. 2022, 58, 2196-2199
DOI: 10.1039/d1cc05563a